浅倉意見書感想 9

■使用者には、労働者の『人格権』が尊重されるような『職場環境保持義務』がある

遠山日出也



 浅倉意見書は、「使用者には、労働者の『人格権』が尊重されるような『職場環境保持義務』がある」という観点から、この事件を分析したものです。そのことによって、控訴人を「すてっぷ」から排除する以前におこなった、豊中市や財団の対応それ自体が、以下の(1)(2)の点において、不法であり、精神的な損害賠償に値することが説得的に書かれています。

 (1)バックラッシュ勢力から攻撃に対して、市や財団が三井さんを支援するための対応をせず、三井さんを終始矢面に立たせたのは、使用者が負うべき「職場環境保持義務」の履行を怠った行為であること。

 (2)控訴人の排除にいたる一連の過程の中で、以下の@〜Dのさまざまな人格権侵害がおこなわれたこと。

  @ 非常勤館長職から常勤館長職への切り替えに関する情報を当初から控訴人に秘匿したこと。

  A 「控訴人は常勤館長職を望んでいない」という虚偽の未確認情報を、意図的に、第三者や館長候補者に流したこと。

  B その虚偽情報を流しながら、他の人々に館長就任要請をおこなって就任を応諾する人が出るまで、さらに控訴人に情報を秘匿したこと。

  C常勤館長選考試験も、すでに決まっていた候補者を合格させるためだけの試験であり、このことによって控訴人を欺いたこと。

  D 最終的には、正当な理由もなしに、控訴人を財団から排除したこと。

 実際、これらによって、控訴人は首を切られるかもしれない恐怖感、情報から隔絶されて、自分のまったく知らないところで自分の身分に関わることが決められている恐怖などによって、著しい身体的苦痛を被った。

 私は、浅倉意見書が以上の点を指摘した意義は、非常に大きいと思いました。

 なぜなら、まず、職場環境保持義務の不履行や人格権の侵害は、さまざまな職場や組織で起こっていることだからです。外部からの攻撃に対して労働者を矢面に立たせること、ある人を排除するために、当人には知らせずに裏でさまざまな策謀をめぐらすこと、虚偽の未確認情報を流すこと、公正であると信じた試験が形だけものだったこと、それらのために心身に大変な苦痛を感じること──これらのことは、いずれも、私がごく身近に経験したことです。もちろん@〜Dが一連のものとしてなされたことに、この事件のひどさもあるのですが、日本はほんとうに「人格権の侵害」にあふれた社会だと思います。その意味で、私は、浅倉意見書によって、この裁判の意義をいっそう身近に感じることができました。

 また、「人格権」の主張自体は第一準備書面で既におこなわれているわけですが、その際、私は、ある著名な大学教授から賛同のメールをいただきました。その教授は「自由主義」の立場に立つとおっしゃる方で、この裁判についても、雇止めの違法性を争うことなどには疑問を呈しておられました。しかし、今回、「人格権には納得です。法的基盤はわかりませんが、こういう理由が説得力を持つ社会であってほしいと思います。……今回の裁判戦略の成功を祈ります」と励ましをいただきました。このように「人格権」の主張は、今までとは異なった方の共感も呼ぶものだと思います。このことは、当然、裁判に勝利するうえでも役立つでしょう。

 「人格権」や「職場環境保持義務」の主張に加えて、私は、次の二つの点にも浅倉意見書の意義があると感じました。

 第一に、この裁判の内容が非常にわかりやすく書かれていることです。弁護団の書面は、事実の一つ一つについて証拠を克明に示して書かれているぶん、読むには苦労もありました。量も膨大でした。しかし、この浅倉意見書は、従来の書面のエッセンスをつかんだうえで、わかりやすく書かれているように思いました。弁護士さんから「この意見書は、冊子にまとめるといいですよ」というご助言があり、実際、そうなったのも、もっともだと思いました。

 第二に、浅倉意見書には、従来の弁護団の書面にはなかった、新たな主張もかなり書かれていることです。前回の法廷では、裁判長も浅倉意見書をもう読んでいたようで、「ここに書かれている主張は、あとで準備書面でもまとめられるのですか?」と発言したほどです。

 私も、たとえば浅倉意見書が、ファックス事件に関する判決の論理をいくつもの点から批判している箇所(12頁)は、非常に鋭いと思います。その他、浅倉意見書が、11月8日になってはじめて控訴人に曖昧な説明をしたことについて、「もし控訴人が十分に自体を理解して……自らの[常任館長への]就任希望をいち早く明らかにしていたら……市にとって、常勤館長職を引き受ける控訴人以外の人材を探し出すことの困難性は、著しく増大したであろう」(18頁)と説明している箇所や、「控訴人は、常勤館長候補者(この場合は桂)が明確に決まるまで、本件に関する情報を市から故意に秘匿されてきた」(20頁)ことを説明している箇所も、明快であるように思いました。

 あえてひとつ不満を言わせていただくとすれば、「2 バックラッシュ勢力の横暴で執拗な言動について」の箇所で、地方自治体の対応について、具体的な事例をもっと多く書いていただいた方がよいように思えました。もっとも、文中にある、「極度の緊張」とか「精神的うつ状態」などの文言から見ると、浅倉さんご自身は、具体的な事例をご存じであるように見えます。あくまで私の想像ですが、そうした事例を具体的にお書きになれないご事情が浅倉さんにはある(けれども、記述には生かされている)ということなのかな? と思います。しかし、弁護士さんの解説によると、ファイトバックの会の会員の多くの陳述書が具体的な事実を提示することによって、浅倉意見書のこの節の記述を補強しているとのことです。このことから、私は、訴訟には、原告や弁護士だけでなく、支援者の役割も重要であることを改めて感じました。



■裁判の社会的意義を認識させられた

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