大学女性協会(JAUW)研修セミナー「ワーク・ライフ・バランスをめざして」
■ワークライフバランスを阻害する1つの現実
――館長雇止め・バックラッシュ裁判について

2009,10,17
国立女性教育会館(ヌエック)

JAUW神戸支部 伊藤倶子

 民主党への政権交代によって、男女共同参画社会のありように変化が出てくるのではないかと考えています。選択的夫婦別姓の問題、婚姻条件の緩和など、民法が変わる兆しが出てきました。これによって今まであたり前と思われていた社会生活に変化が起こってくると考えます。ワークライフバランスの考え方、視点にも変化が起こるでしょう。

 ワークライフバランスについては、いろんな立場で、いろんな人々が、国内外を問わず意見表明をし、諸説を唱えています。女性の生涯を通して、貧困など長い間の女性差別によって維持されてきた社会制度が個人の努力のみによらず、制度として変化を起こすのではないかと期待しています。

 今回、私のこれから発表させていただく「ワークライフバランスを阻害する1つの現実」の話は、女性会館の非常勤女性館長の雇止め裁判の事ですが、この事例などは制度が変わらなければ、社会通念や、個人の意識が変わるのは難しいことである、と思うととともに、こんなことが日常的に起こっていいのかと忸怩たる思いをしてきたものです。

 大阪府豊中市の女性センター(正式名:男女共同参画推進センター)の女性館長の不合理な雇止めが、実はバックラッシュ勢力による地方自治体への介入によるもので、ワークライフバランスへの阻害要因の1つであると考え、ここに簡単にご報告いたします。

 大阪府豊中市は、人口約39万人の阪急沿線にある住宅都市で、現在の高齢化率は約 20%で、そのうち女性が57%。市会議員は36名で、女性議員は7名で19%です。 女性センター「すてっぷ」が起ち上がった時期は2000年と早い方で、初代館長を全国公募して、60人あまりの中から三井マリ子さんを選んだこともあり、近隣から施設見学に訪れる人も多かった、パイオニア的なモデル市でした。三井マリ子さんは、ノルウエーの政治に詳しく、『ママは大臣パパ育児』、『桃色の権力――世界の女たちが政治を変える』などの多くの著書によって、選挙にクオータ制の取入れを提唱している女性政策で有名な方です。三井さんを館長に決めたことで、女性政策に携わる女性たちからは好意的な期待をよせられ「豊中市は女性政策では進んでいる市である」と認識されていました。

 しかしそのころ、ジエンダー、セクハラ、ストカーなどという新しい概念に快く思わない勢力が育ってきていました。男女平等推進への不満分子がバックラッシュ勢力として、多くは男性の中に育っていました。バックラッシュ勢力は、全国組織であり、日本のあちこちで男女共同参画社会の構築になりふり構わず攻撃を仕掛けていました。それに対して、地方自治体は、こうした勢力による執拗で陰湿な攻撃のターゲットになることを恐れ、自主規制へと向かいました。男女共同参画条例の制定を見合わせたり、先延ばしにするなどの自衛手段に出たのです。山口県宇部市のみならず、男女平等推進をすべき条例が、平等の文言を削るなど、修正を余儀なくされたところもありました。

 豊中市の女性センター「すてっぷ」の活動が順調に進み、三井マリ子さんの活動が注目され、市や市民からも評価され、日本全国のみならず海外からも訪問客が来るようになり、大きく報道もされました。このことに危機感を持った右翼系の日本会議とかかわりのある男性市会議員やその仲間が、市および女性センターを運営している財団を攻撃して来る様になりました。同じイデオロギーの国会議員や右翼系の組織も動き出し、市長の公約であった男女共同参画推進条例の反対署名を集め、市議会上程を阻止しました。

 条例を一端阻止された市長は、面子に掛けても条例は制定する必要があったのですが、与党に強固な反対派議員がいる。さて如何するか? 市長は困りました。そのため市長は、バックラッシュ派のターゲットにされていた三井さんを辞めさせるという手段に出ました。「三井館長の看板としての役は終わった」と云い、館長の首をすげ替えるという方針の下『組織変更』とう名を借りて、三井館長排除に動きました。

 そのやり口は、財団の職員を使い、卑怯な諸々の不明朗で不公正な不法行為の数々の策を弄し、それまで頑張っていた三井さんのプライドを奪い、叩きのめした。信頼していた部下による情報の秘匿、虚偽情報の流布などです。非常勤業務を常勤勤務体制にするという組織変更することで、「三井さんは常勤勤務は無理だと言っている」という嘘の噂を流し、こっそり後任人事を決めてしまいました。三井さんは自からの人間としての尊厳を傷つけられ、人権を侵害されるなど精神的苦痛をこうむり、身体にも多大な痛手をこうむりながらも、「常勤勤務をしたい」と希望しました。しかし、それを無視し2004年3月31日、雇止めに踏み切りました。

 その後、三井さんは、「非常勤は使い捨ててもいいんだということが許せなかったこと」「男女平等を進める責任を有する市が、バックラッシュ勢力に屈したこと」、これらの事実は女性差別撤廃条約、憲法、男女共同参画社会基本法に反する許しがたい行為であると考え、泣き寝入りすることなく、豊中市を2004年12月に提訴しました。

 原告の三井マリ子さんは、筆舌に尽くしがたい痛苦と不安を押して、住まいのある東京から大阪の裁判所に通い、勝訴を信じて闘ってきました。しかし2年9ヵ月後の2007年9月敗訴という結果になりました。

 「10発殴られたら法で救ってもいいが、5,6発じゃないか我慢しろ、と裁判長から言われたようだ」と三井さんは涙を落とされました。弁護士たちも、きちっと主張が読めてもらえてないと強く異議を唱えました。裁判に不慣れな大勢の支援者は「ファイトバックの会」を結成して、傍聴に通い応援してきていました。裁判ごとに大勢の支援者が、抽選で廊下にあふれました。それまで元気いっぱいに応援し、支えてきたファイトバックのメンバーも、この時ばかりは原告が痛ましく残念で言葉もありませんでした。

 しかし12人にも上る女性弁護団の先生方を信じて控訴を決心。高等裁判所に移ってからは、50人を上回る支援者の「陳述書」が裁判長に提出されました。また裁判後に毎回行われている大阪弁護士会館での弁護士の、丁寧でわかりやすい解説の一言一言に、納得し励まされながらの5年に成りました。

 控訴してからの画期的なことは、龍谷大学の脇田滋教授の「意見書」と、早稲田大学大学院の浅倉むつ子教授の「意見書」が提出されたことです。

 脇田教授は、社会保障、労働法などの専門家で、非常勤職であっても、繰り返し契約更新している場合には、更新を期待する権利があり、今回の事案はこの「期待権」の侵害に該当すると、地裁判決を厳しく批判しました。

 一方、浅倉教授は、三井さんの事案を、1、人格権の侵害と使用者の職場環境保持義務、2、バックラッシュ勢力の横暴で執拗な言動について、3、豊中市および財団による控訴人に対する態度の変化、4、「組織変更」の名の下に行われた人格権の侵害の4点にまとめました。その上で、この4点は、「豊中市および財団が三井控訴人に対して行った共同不法行為であるのみならず、事実上の使用者である豊中市が『職場環境保持義務』に違反したものであり、債務不履行の責任を免れることは出来ない。拠って市と財団は控訴人が被った精神的苦痛に対する損害を賠償する責任を負う。」―――と、浅倉教授は断じています。

 大きく強い組織に対して、個人の出来ることには限りがあります。その時、正当性を訴えて救いを求める個人に対して、司法は長いものに巻かれることがあってはなりません。裁判員制度がはじまり、いつ裁判員に指名されるか分からない様になりました。これからは国民も裁判に対して責任の一翼を担うことになったわけです。裁判も変わっていく事でしょう。

 最後に、市や財団を脅迫し、館長と女性職員たちを前に、机をたたき、長時間にわたって恫喝、罵倒した、バックラッシュの男性議員は、その後の選挙に落選をいたしました。また、その男性議員の選挙対策委員長である政治団体代表は、この4月、別の事件を起こし、「暴力行為等処罰に関する法違反容疑」で逮捕されました。

 しかし、裁判は、提訴から、やがて5年に成ろうとしています。今年5月に結審して、現在は高裁判決を待っているところです。うれしい判決の出ることを願いながら、ワークライフバランスを阻害する事例発表とさせていただきます。


上記は、裁判を支援しつづけている伊藤とも子さんが、2009年10月17日、国立女性教育会館(ヌエック)で発表したものです。「全国セミナー2009ワーク・ライフ・バランスの実践 〜教育・労働・生活保障(福祉を含む)の分野で」のプログラムのひとつとして行われました。主催:内閣府・男女共同参画推進連携会議・社団法人 大学女性協会、後援:独立行政法人 国立女性教育会館です。筆者の許可を受け草稿を掲載いたしましたが、発表時と全く同文ではないことをお断りいたします(HP編集担当より)

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