陳述書

2007年11月8日
平山 みどり

 私、平山みどりは原告三井マリ子の友人であり、以下の通り陳述します。

 辞めさせる必要が全くないにもかかわらず、雇用主の勝手な理由で生存権を奪うことが、どれだけ理不尽で、「人間の尊厳を踏みにじる行為」であるかは、私自身の裁判の経験を通して話すことが出来ます。

 私と三井さんの置かれた状況は違うものの、いとも簡単に解雇された非正規職だったという事実は同じでした。

 私は、2002年から1年9ヶ月間、大阪市内の公益社で社内通訳として有期雇用で働いていました。

 1年以上働いた後に、社内のセクシュアル・ハラスメントのアンケートを翻訳し、自分自身もアンケートに答えて提出したことをきっかけに、私に対して1年間にわたって続いていたアメリカ人からのセクシュアル・ハラスメントを報告しました。

 その結果、社運を賭けた事業の為に必要不可欠とされたそのアメリカ人は何の処分も受けず、私だけが仕事の少ない、通勤時間が1時間半余計にかかる場所に移動させられました。どうして被害を受けた側である自分が不利益を被りながら、加害者が野放しなのかに憤慨しながらも、労働権だけは奪われたくないという必死の思いで勤務地の移動に応じました。

 その時、疑心暗鬼であっても、「調査をする期間だけ勤務地を変更する」という会社に従うか、辞める選択しか私にはありませんでした。

 自分の労働権を守りたいというただそれだけの為に、私は1年間のセクシュアル・ハラスメントによる長期間の発熱、吐き気等の体調不良の訴えに耐えながら、我慢をして働いてきたのです。

 ある女性社員に対して、男性社員が、他の社員が何人もいる前で、セクシュアル・ハラスメントにあたる冗談を一言発言しただけで、始末書を書かされ、謹慎処分を受けた話を知っていたので、私の件も対処してもらえると期待しながら、祈る思いで会社の弁に従うしかありませんでした。たまに私が移動した勤務先に訪れた、事情を知らない同僚社員の人達がすごくやつれて見えるけど、何かあったの?」と心配するほど、私は移動によって焦燥していました。

 私の疲労困憊は、会社が特別扱いするモラルの低いアメリカ人のセクシュアル・ハラスメントによる体調不良に加え、会社によって人間として最低限必要な自尊心を傷つけられたことが私を打ちのめしていたからです。

 会社は、「そこらじゅうにいる女を犯してやる」という趣旨の驚愕する内容の詩を翻訳すようにと私に手渡した神経の持ち主であるアメリカ人を擁護し、被害を受けた側である私の人権は蹂躙したのです。それでも、体調不良で休めば問題をすり替えて辞めさせられると不安に感じて欠勤することはありませんでした。

 これは裁判の中で明らかになったことですが、結局、我慢の甲斐なく、会社は調査するどころかアメリカ人に留任する為の話を持ちかけていました。

 私は、他の社員と同じ様に週5日間1日も休む事なく約2年働いてきました。しかし、有期雇用という名目だけで、自分の境遇に、他の社員と明白な差がある事に愕然としました。

 そして、アメリカ人の雇用を増やす事が確定し翻訳の仕事が増えることが確実な中、突然私は解雇を言い渡されました。

 「セクハラのことは関係ない。」と言いながら、納得のいく説明はありませんでした。セクシュアル・ハラスメントを会社に報告する直前、「アメリカ人を増やすから、これからも長い間通訳として会社の為に貢献し続けてほしい。」と、頼まれていたにもかかわらずです。

 解雇された直後、あまりに酷い会社のやり方に、自制心が強くて人前では泣かない私も涙を止めることができず、トイレで水を流し続けながら嗚咽を漏らしながら泣き続けました。あの時程侮辱され、自分の人間性を否定されたことはなかったと思います。まるで、顔に唾を吐かれた後に、何十発も殴られ、その上に放尿されて、後ろから崖かプラットフォームに蹴り落とされたようなものです。

 私がどうしても守りたかった労働権を、会社は嘘に嘘を重ねる形で奪ったのです。自分の仕事に誇りと向上心を持って臨み、その結果を評価されていた分だけ、解雇された事実とその解雇にいたるひどい経緯は私の心をえぐりました。もし、私の雇用形態が正社員であれば左遷されることがあっても、決して解雇されることはなかったはずです。

 不祥事を起こした訳でもなく、経営難でリストラ解雇な訳でもない熱心に働く者が、滅多打ちされながら汚い嘘と共に放り出される辛さ。

 2年かかった裁判を、提訴と実名を公表した記者会見で始め、和解で終わらせるまでの間、特に、裁判中に人格否定の為に嘘をでっち上げられてボロボロになった時に私を支えたのは「被害者は私だけではない。泣き寝入りしている人が沢山いる。小学生まで被害にあう事がある昨今、大人の私が声を挙げなかったら誰があげるのだろう。声を挙げたくても挙げられない人の分も挙げてみせる」という気持でした。

 私は裁判所に提訴することで、女性が差別される日本の社会に対して行動しました。

 三井さんは私を含めた全女性の人権を守る世の中にする為に半生を捧げてきたのですから、その悔しさは想像を絶するものだと思います。

 三井さんに対する雇止めを容認することは、日本の全女性に対する差別を容認することと同じ事だと思います。

 正義よりも裁判官としての自分の立場を守る人もいる現実を知ってはおります。しかし、国連女性差別撤廃条約が女性に対しての差別を禁じている基準で、全女性が誇りを持てる判決を下して頂きますよう、お願い申し上げます。

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