陳述書

2008年11月1日

折原 由紀子(非常勤職員)

育休雇止めと闘って

 2007年9月12日、判決を知った私は何か大きく鈍いもので身体を叩かれ、全身の力が抜けていくのを感じました。身体が思うように動かないものの、頭の中では「裁判長は原告の話を聞いていたのだろうか?陳述書を読んだのだろうか?」と、怒りを通り越して疑問ばかりがグルグルと駆け巡りました。
 私は、原告である三井マリ子さんの主張が認められ、三井マリ子さんを侮辱し使い捨てた行政に対して、裁きが言い渡されると、120%信じていました。
 私だけではありません。全国でこの裁判を見守ってきた多くの人たちがそう信じていました。それが原告敗訴とは、何が起きたのでしょうか。

 1998年4月から千葉市非常勤嘱託職員の手話通訳者として働いていた私は、育児休業を申請したところ02年3月末に雇止めされました。
 1年契約ではありましたが、更新の意思を確認された事はなく、同職の先輩達は10年20年と継続して勤めています。今日まで誰一人、契約期間満了などと言われ雇止めされた人はいません。あきらかに、育児休業を求めたことを理由に私は雇止めされたのです。
 しかし千葉市は「契約期間が満了した為」であり「出産や育児休業申請は関係ない」と一貫して主張し、私の雇用は打ち切られました。
 私はこの時初めて自分が極めて不安定な雇われ方であり、雇用継続の有無に自分の意思は何ら関係なく、「契約期間満了」の6文字でクビにされる弱い立場である事を知りました。
 一生懸命に取り組んできた仕事をこのように奪われ、社会から放り出された悔しさ苦しみは、待望の我が子をこの手に抱いても癒される事はありませんでした。

 テレビドラマなら「訴えてやる」と啖呵をきって、物語は痛快に進んでいくでしょう。しかし私を含む多くの市民は訴える術など知りません。まして乳飲み子を抱え、職を失い、年間200万円程の収入さえもなくなった私には、弁護士さんを探す事だけでも道のりは遠く困難な事でした。
 それでも私があきらめずに弁護士さんを探し訪ねたのは、司法は正義であるとそう信じていたからです。そして、子を産み育てる事を諦めるか、仕事を諦めるかの二者択一を迫るような社会をこのままにしてはいけないと思ったからです。

 出産から半年、信頼できる弁護士さん達に出会い、日本弁護士連合会に人権救済の申立をすることができました。
 日本弁護士連合会は、私の訴えを充分に認めてくださり、「雇用契約が継続していたことを認め、実質的に継続して雇用されている場合は、育児休業及び看護休暇を取得できるよう適切な措置を取るように」との素晴らしい勧告が出されました。
 千葉市はこの勧告を真摯に受けとめ、臨時職員も含めた2200人余りの非正規職員が育児休業を取れるように要綱を改正するという英断をしました。私は自分の生き方を取り戻し、現在3歳と5歳の2人の子どもを育てながら、福祉行政の一端を担う手話通訳者として誇りを持って働いています。

 非正規職員でも育児休業を取り仕事を続けられる、大きく立ちはだかっていた壁を一つ取り除く事ができた私は、喜びと希望に満ち溢れていました。その矢先、三井マリ子さんのこの裁判を知ったのです。
 館長という役職にあっても雇止めされる…非正規労働者とはそんなにも軽い存在なのか…と再度衝撃を受けた私は、非正規で働く私自身の権利を守るために、この裁判を一緒に闘わなければならないと思い、千葉から3度大阪地裁ヘと傍聴に行きました。

 保育所に2人の子どもを預け、起きている間に家に帰らなければならない私には時間の制約があります。往復3万円の新幹線代は削りようがありません。昼夜の食事には早起きして作ったおにぎりを持ち、家からお茶を持って出かけました。これが私の生活であり、裁判支援など格好の良いものではありません。
 ただ、三井マリ子さん個人の問題ではなく、同じように不当な扱いをうけ、それでも声に出すこともできずにいる多くの人たちが、この裁判を見守っている事を伝えたいという気持ちだけで傍聴に行きました。
 三井マリ子さんのこの裁判は全国にいる1700万人とも言われている非正規職員の労働、生活、生きる権利そのものなのです。

 9月12日の大阪地裁判決は私たちの生活、労働実態からはかけ離れたものでした。そして私が信じていた司法の正義はかけらもありませんでした。私自身が育児休業と復職を求めて闘った3年間さえも意味を失いそうです。
 なぜなら今回の判決は、非正規職員は使い捨てられても仕方ない、雇用主側の勝手な都合で雇止めする事は違法ではないとお墨付きを与えたものだからです。

 私が、そして、たくさんの女性たちが、苦しみと悔しさの中から勝ち取ってきた権利さえをも、全て無にする判決を山田陽三裁判長は出したのです。これは豊中市行政が犯した罪と同じく重いものであり、決して許すことはできません。

 裁判長、もう一度、豊中市で、とよなか男女共同参画推進センターすてっぷで何が起きたのか、真実を見てください。

 男女平等を嫌い、男は仕事・女は家庭との思想を社会に押しつけたい人たちが権力を振りかざし、あらゆる手段で個人を誹謗中傷し、仕事を阻まれてしまったら私たちはどうしたら良いでしょうか。
 その非道な権力に屈した行政が大きな組織で、社会から私たちを排斥しようとしたらどうすれば良いのでしょうか。
 「あなたしかいない」と他市から後任者をわざわざ引きぬき説得した人物が面接委員をつとめる採用面接を受けなければならない不公正にさらされたら、私たちはどうすればよいのでしょうか。

 このように貶められた時、司法に救いを求めることは間違っているのでしょうか? そうであれば誰が私たちを救ってくれるのでしょうか?
 理不尽に振りかざされた不当な権力に決して屈することなく、卑劣な雇止めの実態を明らかにし、剥奪された労働権を取り戻すために立ちあがった原告、三井マリ子さんの声をもう一度聴いてください。お願いします。

←もどる

トップへ戻る
トップページへ

Copyright(C)ファイトバックの会All rights reserved.