陳述書

2007年11月10日
世登 和美            
現住所(England)    

 私は、日本の地方都市で大学教員として勤務し、現在イギリスに滞在しています。その経験から見た、女性の労働実態、とくに三井マリ子さんが裁判で提起している非常勤雇用の実態について陳述いたします。

 私は、オーバードクター(大学院博士課程後期課程終了後も正規職のない身分の者をいう)の時に4年間の非常勤講師を経験し、その後13年間専任の教員として大学に勤務しました。

 非常勤講師は、基本的に1年契約ですが、半期授業だけの場合もあり、しかも必ずしも翌年更新ができるとは限りません。大学の都合でいつでも打ち切られる例をいくつも知っています。契約の不安定な身分であるだけでなく、専門分野によっては、たった一コマ(2時間)の授業のために、交通費もなく、通勤時間に往復2,3時間かかる場合でも、たいていの非常勤講師は断ることもできない状況にあります。なぜならば、わずかな授業時間であっても、それが教育歴につながるため、その契約に専任への就職を託しているからです。ですから、突然、「来年は来なくてもよい」と告げられることは、自分の存在理由を否定されたも同然の扱いなのです。

 そのうえ担当授業に限ってみれば、専任教員と同じ仕事を任されているにもかかわらず、非常勤講師の賃金は極めて安く、私が非常勤をしていた間に昇給はありませんでした。もちろん研究費など出るわけもなく、それでも研究業績をつくるための努力は欠かせず、身分的・経済的・時間的にも厳しい状態に置かれているのが、非常勤講師の現状です。

 しかも、非常勤講師という身分が問題であるのは、それが一過性の一時的な身分であるのではなく、恒久性を持っているという点にあります。私の友人の中には、50歳を超えても、非常勤講師だけで生活している女性がいます。

 既婚女性の場合は、配偶者がいるからということを理由に正規採用を拒否されたという話を聞きました。私が公募で面接を受けたある大学の教官からも直接同様のことを言われました。いまだに、採用する側は、女性は主たる生計の主ではないからという偏見の下に、女性を判断しているのです。

 近年、国立大学の法人化に伴う専任教員に対する任期制の導入は、専任教員の身分をも不安定にする状況になっています。私が勤務した私学では、新規採用者に適用し始めていましたが、その基準は不明のままです。その不明さに大きな疑問を抱きながらも、大学理事者に不適格判定を下されることを恐れて固く口を閉ざし、専任教員とはいえ自由に学問追求ができない無言の圧力として作用していました。大学の教職という職種の場合、異なる学問分野の業績をひとつの基準で判定することが困難であることが多く、判定を下す立場にある者の恣意―前述のような「女性は夫がいるだろう」とか、理事者の決定に従順な人間であるか否か等―が入り込む可能性を否定できないと思います。雇用の不安定化につながる任期制導入は、教育労働の質すらも落としかねない愚かな選択だと感じています。

 しかも私が勤務した大学では、事務職の中に、半年ごとに女性の人員が変わる雇用が行われていました。現在もそのようです。これは非常勤とも異なる、公にされない臨時採用の扱いになっているため、詳細は不明です。その臨時採用の対象者は、若い未婚女性か既婚者に限られていたようです。賃金を安く設定しても短期で辞めさせても、若い女性や既婚女性ならかまわないと雇用主側はみなしているからだと思いました。

 卒業生の就職についても述べたいと思います。身分としても給与面でも比較的安定している公務員は、景気が悪い時は人気があります。特に、民間の女性の賃金は低いので、公務員の給与は魅力的なのです。しかし、公務員試験に合格して採用されるのは必ずしも容易ではありません。

 たとえば私が住んでいた市では、有期雇用採用が行われています。これは臨時職員採用として認知されています。教養と口述の採用試験に合格した者は、6か月ごとの更新で最長3年まで認められます。賃金は年齢に関係なく一律です。それ以外に外郭団体の職員には、嘱託職員という採用があり、2年契約で更新なし、しかも年齢制限があります。正職員と同じ業務を任され、社会保障も同様に付与されているとのことです。いずれも職歴・業務成績が評価されることはなく、正職員に転職というキャリアアップにはつながりません。

このように、特に女性が不安定雇用についている場合が多く見受けられ、あたかもそれが当然であるかのように日本ではまかり通っています。しかし他の先進国と比較すれば、これは極めて異常に見えます。

 私は現在イギリスに滞在しています。

 イギリスでは労働するということは、フルタイムもパートタイムも基本的に同じ価値を持つと考えられています。日本のように、パートタイム労働従事者だからといって不当に賃金が安く身分が不安定であるような雇用契約にはなっていません。イギリスのパートタイム労働者は、期限の定めのない雇用契約者であり、単に労働時間が短いだけです。つまりパートタイム労働者は、フルタイム労働者より低い身分に置かれている労働者という扱いも見方もイギリスではされていません。この点が根本的に違うといえます。

 イギリスでも、まだ性別役割分担による家庭の事情や個人の選択等でパートタイムを選ぶ(選ばざるをえない)女性は比較的多くいます。しかし日本のように、35歳を過ぎた女性はパートタイム労働しかない(しかも低い身分として扱われている)ということはありません。もし性や年齢を理由に差別されるとしたら、大きな社会問題になるでしょう。

 すなわち、イギリスでは常用雇用が当たり前であって、有期雇用は例外的な、できれば避けるべき雇用形態なのです。

 こうした中、EUのパートタイム労働者に対する均等待遇を受ける権利指令に従って、イギリスでは2000年からパートタイム労働者へのフルタイム労働者と同等の権利を保障する規則が実施されました。さらに、有期雇用契約に関するEU指令を受け、2002年から有期雇用労働者の不利益待遇を防止する法が施行され、4年を超えて有期雇用契約のもとで働き続けている労働者に対しては、常用雇用契約が適用されることになりました。

 このようにイギリスは、EU法やILO条約、女性差別撤廃条約などを締約している国として、雇用契約における同一価値労働同一賃金の原則が前提になっており、不当な労働契約の改善に努めています。

 一方、日本は女性差別撤廃条約を批准しているにもかかわらず、しかも日本国憲法上も国際条約の遵守を謳っているにもかかわらず、女性の労働実態は不当に低いままに放置されていますが、その主たる一因は非常勤労働者があまりにも不当な待遇におかれていることにあると思います。

 以上の見解から、私は、非常勤労働者に対する非道な待遇は許さないと司法に訴えた三井マリ子さんの裁判を強く支持します。

以上

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