陳述書

2008年5月12日                    
松山市議会議員 武井多佳子

 私は松山市議会議員として、男女平等社会を目指して行動しております。ですから、三井マリ子さんの裁判には強い関心を持って見つめてまいりました。

 私はこれまで松山市で起きた男女共同参画を阻害する動きについてお話いたします。といいますのは、松山市で起きた一連の攻撃は、他の地域でも起きていると容易に想像され、三井マリ子さんの雇い止め事件に存在している背景を分かりやすく説明するものと思われるからです。

 松山市においては、2003年6月市議会で松山市男女共同参画推進条例が全会一致で採択されました。施行は、同年9月1日となっていました。ところが、施行後17日目の9月議会では、市より改悪案が出されたのです。

 一つ目は、女性の人権侵害を表す上で重要な言葉であり、カタカナ語で広く定着しているジェンダー、ドメスティック・バイオレンス、セクシュアル・ハラスメントの定義を削除して、これらのカタカナ用語を日本語に置き換える。

 二つ目は、リプロダクティブ・ヘルツ/ライツについての見出しを「性の尊重と生涯にわたる健康の配慮」から「身体的特徴の相互理解と生涯にわたる健康への配慮」に変え、「互いの性を尊重するとともに、妊娠・出産・その他の生殖と性に関し、自らの決定が尊重されること」を「それぞれの身体的特徴について理解を深め合うとともに、妊娠・出産に関し、互いの意思が尊重されること」に変える。つまり女性「性の自己決定権」を否定する内容でした。リプロダクティブ・ヘルツ/ライツは、望まないセックス・妊娠・中絶から女性の健康を守ることのみならず、女性の身体に権力が介入した優生保護の悲しい歴史を背景に、女性たちが自らの運動によって勝ち取った尊い権利です。確かに、母性保護法では、現在でも人工妊娠中絶に際し、配偶者の同意を要件としていますが、松山市の条例改革案では、女性が出産したいと望んでも、男性の意思を尊重しなければならないという趣旨を含むものであり、許しがたい内容でした。

 この時は多くの女性たちから反対の声が上がり、また市議会にとっては議会の権限を愚弄するものとも言えますし、さらに、当時は役所あげて「日本女性会議2004まつやま」の準備を重ねている最中でもあったことも加わって、活発な論議を呼び、9月議会では継続審議となり、12月議会で一部の文言を修正するに留まりました。

 改悪案の内容もさることながら、施行17日後に改悪案を出す事態は前代未聞のことでした。いったい2ヶ月足らずの間に何があったのかと疑問が残っていましたところ、2007年12月議会の市民福祉委員会でその原因が明らかになりました。

 土井田学議員より「2004年7月松山市が男女共同参画推進条例を議会に提出して、我々も賛成した。しかし、その後、すぐ我々勉強会して、これではいかんというんで、即中村市長に条例の改正を申し入れたという経緯があります。」という発言がありました。(2007年12月11日松山市議会市民福祉委員会議事録より)

 女性差別撤廃条約、男女共同参画社会基本法と国内外の流れを受け、市民が参画した松山市男女共同参画会議において議論を積み重ね、市民への公聴会や意見募集も実施して策定した条例に対し、松山市は、土井田学議員の申し入れを受けて、いとも簡単に改悪案を出したのです。 たとえどんなに権威があり、多数の人々の声が存在していたとしても、少数者の奪うことのできない権利を守るために、行政は毅然とした態度を取るのは当然のはずです。これほどまでに女性の人権を侵害する内容であっても、行政は力のある人々の声の方に従うのだという事実が、ここで、はっきりと証明されたように思われました。

 次は、2007年12月の出来事についてお話します。今度は前述の条例改悪に賛成の立場で発言した人物が中心となって、2007年12月議会に請願「松山市男女共同参画推進条例の運用の基本を明確にすることを求めることについて」が提出されました。以下が内容です。

請願

 男女共同参画社会基本法は平成11年6月に制定され、同年末までに2回改正されました。翌年12月に男女共同参画基本計画が策定され、男女共同参画の施策が本格的に推進されることになりました。この基本法を定めるところにより、地方公共団体は続々と男女共同参画推進のための条例を制定しました。松山市は平成15年7月に男女共同参画推進条例 を制定し、同年12月に改正しました。

 基本法には「ジェンダーフリー」という思想が巧妙に隠されていますが、多くの国会議員はそれに気づかず、また、法案の作成にかかわった審議委員や官僚に対して不信の念を持たなかったために、基本法をやすやすと成立させてしまいました。地方公共団体の議会においても、同様に多くの議員がむしろよいものと判断し、条例を成立させました。

 基本法では隠されていたジェンダーフリーの思想が、基本計画では表に引き出され、偏向した男女共同参画の施策が行われることになりました。その施策が進み、ジェンダーフリー思想が社会に周知されるに及び、ようやく男女共同参画の正体に人々が気づき、各地で多くの批判の声が沸きあがってきました。

 その批判を受け、政府は「男女共同参画はジェンダーフリー思想の普及を目的とするものではない」という趣旨の弁明を行うと共に、平成17年12月には第2次基本計画を作成し、ジェンダーフリー色を除去した男女共同参画推進の基本方針を示しました。

 昨年12月には教育基本法が改正され、続いて本年6月に学校教育法、地方教育行政法及び教員免許法のいわゆる教育三法が成立しました。これらの改正法では、伝統と文化の尊重、規範意識と公共の精神の醸成、家族と家庭の重視などが掲げられています。ジェンダーフリー思想はこれらの価値観と全く相容れません。 このように私たちを取り巻く社会の情勢は、松山市が男女共同参画推進条例を制定したころとは大きく変わってきています。したがって、松山市が政府の第2次基本計画、改正教育基本法及び改正教育三法の精神、さらには小児医学や脳科学等の最近の学問水準に基づき、下記の請願事項を基本方針として現行の条例を運用されるよう請願いたします。

(請願事項)
@ 日本の文化と伝統を尊重すること。
A 身体及び精神における男女の特性の違いに配慮すること。
B 家族と家庭を重視すること。
C 専業主婦の社会的貢献を評価し、支援すること。
D 子どもを健全に育成する上で、乳幼児期に母親の役割が重要であることに配慮すること。
E 性教育は社会の良識に配慮し、子どもの発達段階に応じて行うこと。
F 数値目標は現実的に策定し、長期的視野に立って達成すること。
G 教育においては上記の全項に配慮するほか、規範意識と公共の精神の醸成にも努めること。
H 表現の自由及び思想信条の自由を侵さないこと。
I 松山市はジェンダー学あるいは女性学の学習あるいは研究を奨励しないこと。
J 性別による固定的な役割分担意識及びそれに基づく社会習慣を認定した場合には、その認定について松山市議会に報告すること。

 この請願を一読して、いわゆる「ジェンダー・バッシング」などと呼ばれている、性教育や男女混合名簿の推進を行っている人々に対する攻撃と同じ傾向のものだということがわかります。加えて、今回の松山の攻撃は、請願採択という形式を使っていること、女性学やジェンダー学という一つの学問領域をまるごと攻撃していることが特徴としてあげられます。請願提出者を招いて行った審議における水上紘一参考人の発言をご紹介いたします。

 「私は、離婚を勧めるようなことはしてはいけないと思っています。女性センターというのがあるそうで、ドメスティック・バイオレンスというようなことで相談をかけると、離婚をしなさいとすぐ勧めるという話があります。だから、私は、それはやっぱりするべきじゃないと思っています。」(2007年12月12日松山市議会市民福祉委員会議事録より)

 ドメスティック・バイオレンス被害から逃れる上で離婚は重大な選択肢の一つであります。被害者が安心して相談でき、情報を得られる場の提供は行政の役割でもあり、その中に離婚に関する情報は当然含まれます。ところが、請願提出者は、松山市男女共同参画推進センター・コムズに離婚に関する本があることも問題だと指摘します。ドメスティック・バイオレンス被害者にまで家族と家庭の重視を当てはめることは、救済の遅れにもつながりかねず、憂慮されるべき発言だと思います。残念ながら、この請願は賛成25、反対5、退席14で可決しました。

 私は、市民福祉委員会の委員の一人ですが、暴力の被害者など、女性の人権尊重の立場から、いくつか質問しましたが、誠意ある答えをいただくことはありませんでした。つまり、この請願には女性の人権のほか、市民の思想・良心の自由や学問の自由といった憲法的価値にかかわる重大な問題が含まれていたにもかかわらず、採択に当たっては、十分な審理もなく、決定されたと評価せざるをえません。女性の人権に関わる問題を数の力で押し切ったのです。議会でも女性の人権を尊重するという理念の希薄さが現れています。

 男女共同参画社会基本法第3条(男女の人権の尊重)では、男女共同参画社会の形成は、男女の個人としての尊厳が重んぜられること、男女が性別による差別的取扱いを受けないこと、男女が個人として能力を発揮する機会が確保されること、その他の男女の人権が尊重されることを旨として、行われなければならない。と記されているように、女性に対する差別を認めその差別の解消こそが女性の人権の尊重であります。にもかかわらず、男女共同参画推進の名の下に、行政においても議会においても女性の人権軽視が平然と行われています。しかも女性差別撤廃条約や男女共同参画社会基本法を最も遵守するべき場所で起きています。

 どうか、三井マリ子さんに対する雇い止め等の不利益取り扱いの審理に当たっても、この点に十分着目していただきたいと思います。

 さらに、三井さんの雇い止め事件と類似した事件で、松山市に起きたものとして、松山市男女共同参画推進センター・コムズの図書が閲覧禁止になった経緯があります。コムズの図書の内、「ジェンダーフリー」という言葉が題名についている21冊の本が、2003年12月に閲覧禁止処分になりました。

 実は、この事実は、長く公表されていなかったのですが、2007年12月、前述の請願採択の審議過程において、松山市の担当者が弁解する趣旨で明らかにしました。その後の松山市の説明によれば、2003年当時、条例改悪を求める勢力の攻撃を懸念して、混乱が生じないように密かに一部の図書を隠すように、当時の吉村典子館長が、書架から倉庫に移したということです。この図書閲覧禁止処分が2007年12月に明らかになって、多くの市民から抗議の声が、コムズや松山市によせられています。(※朝日新聞2008年3月13日記事添付)

 不本意であったとは思われますが、攻撃に屈したこの館長は、後に愛媛県公安委員長職についています。

 一方で三井さんのように女性の人権を守ろうと攻撃に立ち向かえば職さえを奪われてしまうというのではあまりにも不合理です。

 女性センターあるいは男女共同参画センターが攻撃を受け、それに対する対応のいかんにより館長職にある人々の職務環境が変わるという事情は、豊中市だけの現象ではありません。こうしたセクシュアル・ハラスメントにも似た不当な状況が続くことは、当該館長職や職員の方々の不利益になることばかりではなく、広くそこを利用する人々、ひいてはそこに税を投じる住民全体にとっても非道な不利益となりますこと、ご理解いただきたく、陳述をさせていただきました。

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