浅倉意見書感想 15

■「三従の教え」から「個人の尊厳」へ

金田佳枝(市民運動家)


 浅倉意見書については既に多くの方々から感想や内容について紹介がされています。私は少し違った観点から、三井マリ子さんとの出会いと、三井さんから受けた学び、そして浅倉意見書から学ぶものとして、人格権について思ったことを書かせて頂こうと思います。

 私はもう後期高齢者の仲間です。私の中の意識が「権利」に目覚めたのは、日本に新しい憲法が生まれ、民主主義の時代になってからで、私の中に「権利」が「基本的人権」として定着するまで、かなり長い年月が必要でした。それまで私の物事の判断基準は、精神形成期に受けた日本の教育、長く日本を支配していた「道徳」でした。あるいは「三従の教え」でした。成人し、結婚し、子育てや家事に明け暮れる日々、そこに埋没しているだけなら、それで十分だったのです。そこから脱却するにはかなりの年月が必要でした。

 長い年月の中で、それでも、公害や、暮らしを取り囲む環境、公害、子どもの教育と教育、社会教育の場などで、子どもの成長に伴ってぶつかって、私の中に一般的な権利意識がつくられていったと思います。しかし、国際婦人年になってはじめて、女性の人権という考え方に行き当たったのです。多くの新しい情報を得て、私も女性として、また個の存在としての自分を自覚するようになったとしか言いようがありません。

 幸い、私が子育て中に作った学びの場や、子育てを終わってから係わることができた仕事は、一つには、そうした女性の「個の確立」、「家父長制からの脱却」のための学びの場つくりであり、参加した活動もそのための活動団体でした。学びの場では、多くの講師の方から、自立していく過程、あるいは女性という立場からの問題提起、主権者意識といったお話を聞きました。情報から阻害されてきた過去を繰り返したくないと、情報についても、学びの場の企画とともに意見をたたかわせました。また団体の活動に関わる中で大勢の方達と語り、「道徳」や「性別役割意識」をベースに、ともに意見をたたかわせました。「学習権」「環境権」「労働権」などといった権利は、そのような場を重ねることによって、私の中にふくらんでいきました。「権利」は、知識としては以前から得られてはいても、現実の問題と結びつけ、当事者として行使していくまでには、自分のものではなかったのです。

 浅倉意見書は、こうした自分の中で育ってきた一つ一つを総体としてつなぎ、憲法に保障される「個人の尊厳」として、はっきりと形にしてくださいました。

 三井さんとの出会いは、地域で開いた学びの場からでした。
 三井さんの、北欧諸国の男女平等への取り組み、社会の制度、暮らしぶりに関するお話しは、三井さんご自身のひたむきな行動力とともに、集まった人たちに深い感銘を与えました。三井さんの強烈なエネルギーに圧倒される思いをしたのは私だけでは無かったと思います。

 私は、三井さんが豊中の女性センター館長に就任されたことを知り、豊中の女性たちをうらやましく思いました。きっといいお仕事をしてくださると信じていました。そういう思いの中で「雇止め」のことを知りました。

 三井さんが、裁判に訴えてまで、個人の人権を守ろうとされる勇気に打たれました。大阪での裁判は、遠隔の地ということや個人的な理由で、傍聴には参加できず、送られてくる情報によって、裁判の成り行きを見守るだけでした。もどかしさを感じながらの年月でした。

 日常の暮らしは法律だけではなく、慣行や、古い道徳や、そして自己責任という言葉や、地域や職場での人間関係が様々な縛りとしてあり、また、「権利」など利害の対立する場も多々あり、そうした矛盾と混乱の中で、それぞれが闘いながら生きています。判断基準をどこに置くかは人さまざまですが、「自分は何者なのか」を問うとき、そこには侵し難い人間の基本的人権が存在します。現実との乖離に私たちは悩みながら、それでも少しでも自分というものの存在を確立させたいと努力しています。

 裁判というのは、そうした様々な縛りに満ちた現実を、より確実に基本的人権が保障される社会に近づけていくために存在しているのではないかと思います。今回の三井さんの裁判は、その意味で、労働する権利、そして三井さんが人として持っている侵し難い人格権を保障するための大きなモデルケースになるのではないかと思っています。

 結審も近づきました。 今回、裁判が「基本的人権」の擁護者として的確な判断を下されることを信じて疑いません。幾多の困難が予測されながら、決然と是非を世に問うた三井さんの勇気に声援を送りたいと思うとともに、「人格権」という基本的な権利を明確にしてくださった浅倉意見書に感謝したいと思います。


(2009.4.25)
 

■全国的バックラッシュの象徴的事件


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