浅倉意見書感想 16

■全国的バックラッシュの象徴的事件

瀬野喜代 (東京都荒川区議会議員)


 浅倉むつ子教授の意見書には、三井マリ子さん解雇の真相が、実に的確に述べられていると思う。

三井さんが豊中市男女共同参画推進センター館長を解雇されることになった当時、全国各地でバックラッシュの動きが繰り返されてきた。このバックラッシュの動きを、行政がどのように受け止め、行政がどのように施策に反映してきたかを知ることなくして、三井さんの裁判を裁くことはできない。

浅倉意見書はこの点をはっきりと指摘している。その上にたって、三井さんの「人格権侵害」をし、「職場環境保持義務」の履行を放棄した豊中市の責任を明らかにしている。

東京都荒川区で議員をしている私は、バックラッシュの動きを身をもって知った。その観点から感想を述べたい。

2000年に豊中市が男女共同参画推進センター「すてっぷ」館長を公募し、三井マリ子さんが選ばれたことは、全国的な話題となった。翌年ぐらいに私も豊中市を訪問し、すてっぷ館内を視察した。その明るい施設の雰囲気と、講座やイベントの多様さに感心し、三井館長の下での職員の活躍ぶりを想像したものである。その三井さんが、誹謗中傷され、理由なく解雇され、男女平等を推進するはずの職場を追われてしまった。

三井マリ子さんの解雇に至るさまざまな嫌がらせや誹謗中傷は、1999年の男女共同参画基本法の制定を経て、男女共同参画社会の実現に向けた国や地方行政の取り組みが全国で展開されようとしてきた矢先、日本全国で起きた動きと連動している。つまり、各地で男女共同参画推進施策が実践されつつあった頃、それに反対するバックラッシュの動きが全国で活発化していった。三井さんの解雇は、その頃の象徴的な事件であった。

豊中市において男女共同参画推進条例が審議されようとしている中、「三井さんが『専業主婦は頭が悪い』と講演会で言った」というデマが流された、ちょうどその頃、2003年秋、私の住む東京都荒川区では、区長が、荒川区男女共同参画社会推進計画の見直しを言い出した。

この計画は、2001年4月に策定された。区内在住在勤者10名による「荒川区男女共同参画社会づくりに関する懇談会」の1年間にわたる話合いの結果、作られたものだった。区内には男女共同平等推進センター「アクト21」があり、女性団体が中心となって企画運営を担っていた。しかし、2002年頃から、「講演会講師などの私たちの提案が次々に否定されてしまう」というような心配の声が、「アクト21」周辺で聞かれるようになった。

こうした中、区長は、「ジェンダーフリーは、性差を否定する革命思想で家庭を破壊し社会を破壊する」というバックラッシュ派の理由から、「ジェンダーフリー」という言葉が記載された当計画を見直す宣言をしたのである。そして、「男女共同参画社会の形成に関する基本条例の制定に向けた懇談会」を新設した。

この懇談会の会長は、「女は専業主婦がいい」「専業主婦の立場や利害を代弁する男性が政治家になればいい。女性の政治家を増やす必要はない」と公言している学者だった。また懇談会の委員には、バックラッシュ派の中心メンバーが集められた。こうした委員を選定した背景には、区議会でよく職員を罵倒し、職員から恐れられていた多数会派の議員の関与・介入があったのである。

辞任する委員も出た中、懇談会は、区長に報告書を提出した。

区は、当懇談会の報告にそう形で、性別役割分担を強調した条例案を議会に提出した。しかし過半数の賛成が得られない見通しとなって、条例案を撤回する経過をたどった。(その後、その区長は収賄で逮捕された。)

浅倉意見書において、三井さんを含む女性職員4人が北川議員らからの抗議=恫喝・罵倒を受けたことが書かれている。この部分を読んで、私は、荒川区議会多数会派の議員が大声で職員を罵倒し、震え上がらせている場面に遭遇した嫌な経験を思い出した。私は、浅倉意見書によって、「職場環境保持義務」という言葉を初めて知った。働く者を恐怖に陥れるような恫喝・罵倒は、そこで働く者の人格権を破壊する行為であるということらしい。そして、雇用主には、働く者の人格権を侵害されずに働けるようにすることが課されているということも知った。それが職場環境保持義務だという。要するに、職員を恫喝・罵倒するという議員などの度を越した言動を黙認することは職場環境保持義務違反だというのである。その通りだと思う。

最後になるが、「豊中市および財団による控訴人に対する態度の変化」という章に、バックラッシュ勢力からの攻撃を恐れ、豊中市が、非常勤館長から常勤館長に切り替えるという建前を理由に、「三井は常勤は無理と言っている」という未確認の虚偽情報を流すなど裏で画策した三井さん解雇に至る流れが、詳述されている(「浅倉意見書」p9−13)。この記述は、非常に説得力があり、とくに感銘を受けた。

労働法、ジェンダー法の専門家だからこその意見書であろう。裁判所が真摯にこの浅倉意見書を受けとめる事を期待する。

参照
荒川区男女共同参画社会懇談会をめぐって 荒川区議会議員 瀬野 喜代
瀬野喜代ホームページ
 

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