浅倉意見書感想 18

■女性の労働権を守る闘い

におかみるこ (ファイトバックの会)


 浅倉むつ子教授の意見書については、その明快な論旨に多くの感動的賞賛が寄せられています。私も、遅ればせながら個人的感想を書きます。

 思えば、2000年、三井マリ子さんの「豊中市男女共同参画推進センター」館長就任のとき、私は思わず「やったあ―」と叫んだものです。これで女の職場がまたひとつ増えた、しかも「重要な職場の重要なポスト」に女性が進出できたと喜んだからです。

 かつて女子学生は、就職試験を受ける事さえできませんでした。そんな40年以上前の時代、「全国女子学生大会」という大学在籍中の女性たちが全国的に集まって企画運営した珍しい会がありました。その全国女子学生大会で出された決議文には、「就職試験を受けさせろ」という要求があったことを、記憶しています。女性だからと門前払いも受けてきました。そんな時代を過ごしてきましたから、私にとってこの裁判は他人事とは思えません。

 その後、多くの女性の苦しい闘いを経て、世界の流れも変わってきました。日本もようやく「女性差別撤廃条約」を批准し、男女雇用機会均等法が制定されるなど少しずつは前進し、男女共同参画社会基本法の制定にまで来ました。

 ところが、ここに至り「館長の雇止め」です。喜んだのも束の間でした。三井さんが追い出された後のポストは、現在どうなっているでしょうか? 豊中市の「男女共同参画推進センター」館長には、男性が帰り咲いています(笑)。「すてっぷの灯は消えた!」(すてっぷは豊中男女共同参画推進センターの愛称)。やはり女性の社会進出はむずかしい。

 政府はバックラッシュ派の動きに配慮して、女性差別撤廃や女性政策推進に非常に消極的です。そうした国の弱気な対応に気をよくしたバックラッシュ派は各地でさらに勢いづきます。地方行政は、バックラッシュ派の攻撃に怯えて卑劣な手段を弄してまで、難なきを得ようとしたのです。

 浅倉教授は「バックラッシュ勢力への自治体行政の対応を認識する事なしに この裁判の本質は捉えられない」と実に明快にその経緯を指摘されました。いくつもの実例が出されていますが、その中から、いわゆる「ファックス事件」について引用します。豊中市のK議員が、1年前のすてっぷの内部文書について人権文化部長を恫喝し、そのことで、三井さんが3時間にわたってK議員などから罵倒された事件です。

 この事件が、控訴人(三井マリ子)にとってはもとより、対応した市の職員たちにすら、相当なる精神的な疲弊を招いたことは、誰がみても明らかである。これはまさに、議員による行政に対する暴力的な威圧的言動の実例であり、このような議員の言動に対しては、むしろ市から議員に対して「抗議すべき」ものではないのだろうか。いやしくも「机を強打して相手を怒鳴りつける」というような暴力的言動を市職員が第三者からなされた場合、しかもそれが業務に関わってなされた場合には、当該職員の使用者としての責任から、市および財団は、相手に抗議して謝罪を要求すべきであろう。それが、職員の働く環境を整備する義務を負う使用者としての当然の責務だからである。それをまったくせず、かえって相手をなだめるために、関係者へのおわび行脚をせよ、と控訴人に指示したり、職員を「処分」し、かつ控訴人に始末書の提出を求めるというような市の対応自体、このような威圧的言動を恐れて屈服したことを示しているのではないだろうか。
 このような経緯からも、バックラッシュ派の議員による威圧的な攻撃を恐れて、その要因をつくっている(と考えた)控訴人をうとましく思うようになった市の責任者の内心の動きは、手にとるように理解できる。(浅倉意見書 p12−13)

 浅倉意見書を仔細に読めば、豊中市の市長が独断で決めて、担当の人権文化部長が画策したことが浮かび上がり、それを許した、すてっぷ財団の理事長や理事の面々の思惑まで想像されます。その人たちが結果として三井さんの生きる糧を奪ったのです。ですから、その人たちは、女性の人権や女性の労働権という基本的権利を文献上は使い慣れていても、目の前のすてっぷ館長には、その女性の人権・労働権を使おうとしなかったのだと言えます。

 三井さんのみならず、あらゆる女性が人権も労働権も無視されているこの社会だからこそ、女性はこの格差社会の最低線に貶められているのです。ですから豊中市側は、三井さんを不当にも雇止めしたとき、「女なんだから、雇止めを言い渡しても泣き寝入りして終わるだろう」と、たかを括っていたに違いありません。しかし、三井さんは泣き寝入りしませんでした。敢然と立ち上がったのです。三井さんのお蔭で明確になったことは多く、特に最近は格差社会の認識も拡がり、この控訴審が単に三井さん一個人の問題でないことがますます明確になりました。だからこそ裁判への支援の輪をどんどん拡げていきたいと思っています。

 日本は、まだまだ女性の生き易い社会ではありません。実質的には機会均等なんて絵に描いた餅です。しかし、世の中の流れは変わります。議会内外で三井さんやすてっぷに嫌がらせをしたK市議会議員の落選をみれば、人々は見るべきもの見ているのだと心強い思いもします。また、豊中市でバックラッシュ派の先頭に立って、三井さんやすてっぷに嫌がらせを続けていた男性M(教育再生地方議員と百人の会事務局長)が暴力行為法違反容疑で逮捕された、という報道が最近(注1)ありました。

 アメリカのオバマ大統領は、女性差別撤廃条約の批准を公約として掲げています。アメリカの方が日本より先に女性差別撤廃条約・選択議定書の批准にまで進むかもしれません。日本政府は、女性差別撤廃条約は批准しましたが、この選択議定書を批准する気はないようです。先月(注2)、国会のバックラッシュ派議員が、選択議定書批准に反対の声を上げたことを新聞で知りました。この国会議員たちは、三井さんに嫌がらせをしたバックラッシュ派議員と同じ団体に属する人たちです。

 女性差別撤廃条約の締約国185カ国中先進国で、選択議定書を批准していないのはアメリカと日本だけです。毎年、毎年、女性たちがこの選択議定書の批准要求を国会に提出しているのに無視されています。情けないけれど、アメリカが変われば日本もかわるかもしれません。いや、この裁判が勝訴すれば、バックラッシュ派の攻撃が弱くなり、政府も重い腰をあげて批准に一歩進んでくれるかもしれません。

 いずれにしても、女性の人権や労働権が認められないならば、日本の未来は決して明るくはなりえません。裁判長が、このことを十分考慮して判決を書いてくださるよう期待するより他はありません。

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注1 2009年4月5日 朝日、毎日、産経、京都新聞など
注2 2009年4月21日 朝日「ひどい女性差別ある?ない? 自民部会で激論」

 

■日本女性の解放と平和がかかっている


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