「すてっぷ館長雇止め・バックラッシュ裁判」を共に闘って

ファイトバックの会副代表 木村民子

たまじょつうしん

1)提訴から最高裁まで

 2000年9月に、とよなか男女共同参画推進センターすてっぷ館長に全国公募で選ばれ、非常勤で雇用された三井マリ子さんは、2004年3月、不当に雇い止めされた。三井さんはこれを不服として同年12月大阪地方裁判所に提訴し、1審では惜しくも敗訴したが、大阪高等裁判所に控訴し、2010年3月に逆転勝訴を勝ちとった。
 雇止めの背景には、バックラッシュ派(男女平等を反対する勢力)のK元市議会議員らによる市への圧力があった。市は男女共同参画推進条例に反対しないことを条件に三井館長排斥の密約を交わし、組織編制替えという口実で隠蔽工作を図り、情報操作、秘匿等を行い、三井さんを雇止めにした。大阪高裁は市がバックラッシュに屈して、三井さんに理不尽な攻撃、精神的苦痛を与えたことは人格権侵害に当たるとして、150万円(低額過ぎるが)の支払いを命じた。被告豊中市及びとよなか男女共同参画推進財団は、即座に上告したものの、最高裁判所は、本年1月20日付けで全員一致で棄却する決定を下した。

2)全国的に広がった支援活動

 住友電工女性差別裁判に関わった女性弁護士たちが中心となって34名にも上る弁護団が結成された。一方、豊中市民や市議、関西の女性運動グループ、三井さんらが創設した全国フェミニスト議員連盟などの仲間により、館長雇止めバックラッシュ裁判を支援する会(通称ファィトバックの会)も2004年に立ち上がった。私は途中から副代表に推され、関東方面での支援集会の企画実施、会報編集などを担ってきた。
 裁判にあたっては、学者、議員、非正規雇用で雇止めに遭った体験者などがそれぞれ意見書、陳述書などを書いてバックアップしてくれた。三井さんが一石を投じた波紋は全国に広がり、7年もの長い年月、多くの支援者が物心共に裁判闘争を支え続けてくれたのは、本当にありがたく、稀有なことだと思う。

3)この歴史的判決の意義

 弁護団のひとり宮地弁護士は、この裁判は「バックラッシュに屈した行政責任」が問われたと述べている。高裁が行政の不法行為により人格権侵害を認定した、この判決は画期的である。しかも、その高裁判決を最高裁が確定したということも大きい意味を持つ。今後地方行政はいかなるバックラッシュに対しても毅然と対応すべきであること、それによって貶められる職員に対し人格権を認めるべきであることを示したのだから。
しかし、宮地弁護士はこの裁判を「非正規雇用使い捨てへの異議申し立て」であるとも位置付けていたが、市の雇止めと採用拒否自体の違法性が認められなかったことは残念だった。それでも不当な雇い止めを人格権侵害に当たるという理由で闘う道は拓けたのだ。バックラッシュに負けなかった女たちの裁判闘争は、後世の歴史に残るのではと私たちは自負している。

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