事実の重みが形式論を押し流した三井マリ子事件二審判決

紀藤 正樹(弁護士)                      
2010年4月24日「勝ち抜く集会」@東京


 

東京から参加している弁護団の一人として判決文について発言します。判決については今日の勝ち抜く集会で配られている資料(「ファイトバックニュース」)の中に、主文が書かれています。

1 なぜ弁護団を引き受けたか
2004年の3月30日に起きたこの事件を、三井マリ子さんから初めて聞いたときに、ぼくは三井さんの人柄も十分存じあげていたので、豊中市の対応に非常に気持ち悪い、そんな印象を持ちました。そこで、できる限り弁護団に参加しようと思って弁護団メンバーに登録しました。

しかし、この時期に私が担当しているXJAPANのTOSHIの事件、すなわちホームオブハートの児童虐待騒動が起こって、1億円以上の損害賠償請求を、XJAPANのTOSHIや、ホームオブハートから、私に対し逆に提訴されるという業務妨害事件をおこされるという事態になりました。最近解決に向けて動き出したのは報道等で御存じだと思いますが、そのため最終的にまったくの無償で、10件くらいの事件を対応することになりました。それがあまりにも大変で、三井さんの事件は、この日に法廷があると毎回連絡を受けていたにも関わらず、大阪地裁でしたので、どうしても行けませんでした。

目が覚めるような浅倉「意見書」
結局、最初の弁護団の立ち上げと、途中の大阪での経過報告会と、東京等で行われるこの種の集会に参加するだけで終わってしまいました。でも、非常に気になっていたので、書面や証拠とかは読んでいまして、高裁に浅倉むつ子さんの「意見書」が出されたときには、本当に目が覚めるような感じがしました。今回の判決もほとんど浅倉さんの意見書に根ざしていると思います。人格権が今労働法で問題となっているという最先端の議論がもちろん前提となっているのかもしれません。それでも、浅倉さんの意見書が今回の事件を決したのだなと、今回の判決を見てもそう思いました。今日は浅倉さんの講演を楽しみに、私はここに来ました。

三井さんの事件は、相当証拠が出されていますが、ホームオブハートの事件でも、相当数証拠が出されていまして、そのコピー代だけでもバカになりません。そのコピーも、相手方分の複数をコピーしなくてはならないので、その労力もバカにならない。さっき放映されたテレビ報道でも、三井さんが涙を流されていましたが、裁判をするというのは、そんな気持ちなんですね。6年というのは本当に大変だったろうなと、「三井さんの50代を返せ裁判」を、これからやらないといけないのではないでしょうか(笑)。私もホームオブハート事件で、「40代を返せ」裁判をやりたいと思っているくらいです。6年といっても、準備期間を含めると、さらに大変な労力だったと思うんです。本当にご苦労さまと言いたい。

2 事実が法律論を押し流した
それで判決文です。私が読んで実感したのは、「事実が法律論を押し流した」ということです。要するに、1審は事実認定が薄かったと、とくにバックラッシュに関して事実の掘り下げが薄かったと、そのために形式的な法律論で議論してしまったと思います。ところが控訴審の判決は事実が数多く認定されています。高裁の判決文の斜体字で書いてある部分を追いかけると、わかりやすいです。

増木重夫の逮捕報道記事
判決文の10ページに増木重夫の斜体部分がありますね。増木が脅迫した罪で逮捕されたことが新聞報道されていると、あえて記述しています。

増木重夫という人物は、その前、すてっぷの貸室の申し込み平成14年7月8日と書いてあります。「ジェンダーフリーの危険性を学ぶ」という主旨の勉強会をするということで、「すてっぷ」の貸室の申し込みをしたと、それを「ジェンダーフリーの危険性を学ぶ」という主旨の勉強会は「すてっぷ」の設立目的に反するので使用を断ったのですが、その事実は一審判決にも書いてあります。しかし、この増木重夫という人物がどういう人物かということには一審では触れていなかったのです。それを高裁では、ここに書き込んでいるんですね。

それから12ページにも斜体字があります。「男女共同参画を考える豊中市民の会」がいろんな呼びかけをしたり、ビラを配ったり、それから中傷する、故意に誤解を与えるようなビラを配ったことを具体的に認定しています。嫌がらせの電話をかけたことも認定しているんですね。

「あれはやめさせなければいかん」
15ページにもう一つあります。「なお書き」で、北川議員の事実認定の問題も大きいんですけれども、ほかに「武生にも三井マリ子が行っているやろ。あれはやめさせなければいかん」と話したと、具体的な言葉で記述しています。要するに、問題行動があるということをかなりとり入れています。逆に、ここをはずして読むと、いかに1審では事実が淡々と認定されているだけだったか、と思えます。

22ページから23ページの斜体の部分を見てください。わざわざ本郷部長は平成15年10月頃に財団の組織変更の方向性を固めて、市長に面談して、予算措置の了承を得ています。そこで市長に候補者リストを示したら、市長から「それで当たれ」との指示を受けたというようなことまで認定しています。

中立性を装った次期館長選考
さらに24ページから25ページ、ここは重要なところです。特に「(11)−4の桂との折衝」は、全部斜体字で書いてあります。1審の事実認定では「本郷部長は…を伝えた」だけだったのです。しかし、斜体の部分に「控訴人が残りたいのなら行く気はない」旨を述べる桂に対し、こもごも「桂さんしかいない」などと延べて、同人の翻意を止めた。一方、控訴人は同年1月24日、山本事務局長から理事会の議案を受領し、館長の常勤化案を知り、常勤館長に応募することを決意した。と書かれています。まさにここが今回の判決の人格権侵害の基本になっています。桂さんに嘘をついてまで館長になるように仕向け、一方で三井さんには、民主的な手続き、合理的な手続きによって館長を選任するかのような言動で表面的には中立性を装っていた。ここが、非常にこの判決の真髄だろうと思います。

普段私がやっている難しい事件というのは、真実や事実が法律論を押し流すという事件ばかりです。裁判官は頭を白紙にしようとあえてしている人たちなんです。頭のいい人たちですが、裁判というものは偏見を持って眺めてはいけないと強く教育されている人たちです。その裁判官の白紙の頭の状態に事実を埋め込んでいく作業は、弁護士の仕事です。つまり事実を埋め込んでいく作業の中にうまく事実がはめこまれないと1審のような判決になってしまいます。

控訴審はその事実のはめ込みが非常に裁判官の中でうまくいって、結果的に事実が一種の法律論を動かしていったのです。結論が一審とは大きく変わっているわけですね。これはやはり控訴審の弁護団の努力と、もう一つは浅倉むつ子さんの意見書がものすごく影響したんだろうなと思います。

公務職に準ずるとされ雇止めでは勝てなかった
ただ、課題はあります。法律の解釈にまで純化していないのです。結局、事実が法律論を動かしたというのは、この事件はどう考えたって三井さんのほうを勝たせなくてはいけないと考えた。そのためには法律構成が必要ですから、人格権という理屈、つまり、いくらなんでも嘘をついてまで三井さんに期待を持たせた、それはひどいでしょという理屈を使ったのです。逆に言うと、先ほど浅倉さんが言われたように三井さんが諦めてしまって途中で辞めますと言えばこの事件はそこで終わっていたし、同時に豊中市は正攻法で三井さんは採りませんと、次はこの方を採りますとはっきり言ってしまったら、多分この事件は勝てないんです。

だから雇止めの理屈では、行政と民間との違い等の法律解釈論ですけれども、この事件では勝っていません。30ページから31ページにあります。読んだほうがわかりやすいので読みます。 「館長職の雇用関係は、地方公共団体の職務を行う特別職の非常勤の公務員の地位に準ずるものと扱われるべきであり、控訴人と被控訴人財団との雇用関係は、民事上の雇用関係の法理が適用されるよりも、被控訴人市の特別職の職員(地方公務員法3条3項3号参照)の任免についての法理が適用されると解するのが相当である。」ということで、いわゆる雇止めに関する法理に関して、三井さんの雇用関係は特別職の職員ということで地方公務員法の適用を受けるから、民事上の適用はないということで、法律解釈論まで純化はしていません。

3 最高裁
最高裁はまさに法律解釈論の闘いです。事実関係は著しい事実認定の違いがない限り変更はありませんので、法律解釈論の議論になっていきます。このあたりが、最高裁での戦う余地があります。昔の最高裁は、法律論に関して一回決めたことをなかなか柔軟に変更しない時代がありましたけれど、最近の最高裁は法律解釈論に関しては、もし間違いがあったら、柔軟に変更したり、一部変更したり、この事件に関しては適用がないとしたりいろいろな考え方を提示するようになってきていますので、場合によっては変わりうる可能性も秘めています。

ということで向こうが最高裁に上告したことが吉とでるか、凶と出るかという問題もありますけれど、吉と出るべくまだやることがあるだろうなと思います。

3月30日に判決が出て勝ったという報道を聞いたときに、実は最高裁はわたしの事務所から歩いて行けるんで(笑い・拍手)、最高裁は私が…と。申し立てには期限があって、裁判の書面提出期限は、深夜12時までOKです。だから夜間受付に持っていくことはしょっちゅうあって・・・。分厚い書類は夜間ポストに入らなくて困ったりとか…。そんな時、近くの事務所ですので、なんとかなりますので、少しは役に立てると思います。

4 勝訴の要因
さて、この種の事件で勝訴するというのは、ほとんど一本の線しかないと思います。このルート以外に勝てるルートがないというルート、そこに向かうときにはわからなくても、結果としてはそこしかないルートを選ばないと勝てないということです。山道に迷ったときに右に行くか左に行くかの際、右を選ぶ、それで次にまた道がきたときに右か左か、右を選ぶ、そうやって最終的に何とか脱出できるといった感覚に近いんです。そういうルートをたどるためにはいくつかの要素があります。まず弁護団の努力と能力が当然あります。

ただそのためにはまた要素があって、弁護団に出会う当事者の能力があります。三井さんがまさに宮地さんと出会った。これはすごく大きい要素だったと思いますが、それも能力だと思いますね。で、それから裁判を支援する、浅倉さんと出会ったこと。結果的には偶然の産物で、奇跡のようなものです。浅倉さんに三井さんが出会わなければ、この判決は出なかったかもしれないですね。

原告の人柄
それから人柄が重要なんです。原告三井さんの人柄が重要だったと思うんです。やはり、こういう事件では人柄がだめだったらどうしようもない(笑い)。だって、やる気が失せますよね。いろんな人が馳せ参じる人柄を三井さんが持っていたことがすごく大事です。その人柄というのも、従順なだけじゃダメです(笑い)。弁護団が間違えたり、ある方向に動くときに、ちゃんと意見を言ったりできる人柄、がむしゃらだけでなく自分流だけではく、意見をちゃんと言ってくれる人柄が大切です。協調できる人柄、共同作業ができるということ、要するに弁護団と上下の関係ではなくて並列関係にあるという関係性を持てるという人柄がすごく重要です。被害者と一緒に戦う仲間みたいな感じに弁護団が最終的になる、そういう関係性が大事です。三井さんの長く生きてきた中で培われた人柄がいろんな人を巻き込んだということです。

もうひとつは時期。今の時期でなければ、ということがあります。バックラッシュ勢力が表面に盛んに出ている時期だと、場合によっては高裁の裁判官もびびったかもしれません。今情勢が落ち着いている時期に、いい判決と出会えたということがいえると思います。

バックラッシュの教科書といえる裁判
訴状は、バックラッシュの教科書といえるような訴状でした。ところが、高裁判決には、「バックラッシュ」って書いていないんですね。でも、あえて「バックラッシュ勢力」と書かなくても、この判決文は相当強く書いてあります。33ページの下から2行目からを見ていただければわかりますが、「前認定の事実及び弁論の全主旨によると、おそくとも平成14年3月ころから、被控訴人市や市議会の内外で、控訴人や被控訴人らに対する、控訴人の行動に反対の勢力による組織的な攻撃が行われており、」となっています。ちょっとあいまいにしていますが、それでも「組織的な攻撃」と書いてあります。しかも「嫌がらせを行ったり、虚偽に満ちた情報を流布して市民を不安に陥れたりするなど、陰湿かつ執拗であった」ということも認定してあります。

事実が法律論を押し流すというのはこういうところにも見てとれます。浅倉さんがさっき言われたたように、バックラッシュというものは、実際に攻撃や威嚇や脅迫や暴力を背後に抱えているような恐ろしいものであるということ、そのリアリティーを裁判官に提示できたので裁判官もここまで書き込んだと思います。そういう勢力に市が屈服したからこそ、表面的な中立的に思えるような館長選考過程を行って、そしてそれが人格権侵害だと言っています。つまり、この事件はバックラッシュの問題に対する歴史的な大きな事件であると思います。なかなか判決文に触れる機会がないと思われる一般の市民の方々も、事実が法律論を押し流していって新しい法律論を作り出すという教科書みたいな判決ですので、ぜひこの判決を読んでいただいていろんなところで引用していただければと思います。

費用は税金なのにただちに上告した豊中市
最高裁には豊中市は上告すべきじゃないと私のブログには書いたんですけれど、豊中市は上告してしまいました。 豊中市のホームページを見ると、豊中市は人権を大事にする市らしいです。人権を大事にする市だったら、人権侵害に対してはただちに適切な対応をとるべきだと私は思います。ところが翌週には上告するというし、びっくりしました。その弁護士費用とかは全部税金から出るわけですから、おかしい。一般論として、ある自治体に問い合わせたら、自治体は自分が訴訟を起こす際は議会の承認事項だが、被告の場合は市長の決済だけで十分だと言うんです。私は、負けて控訴するときは、議会の承認事項にすべきじゃないかと思っています。起こすのが議会の承認事項だったら、同じことが言えるんじゃないか。何か不合理な感じがします。行政の首長が、たとえば問題業者をただちに提訴してくれれば楽ちんですが、いやそれは議会の承認事項で承認を採るだけでも数ヶ月かかるんですと、言われました。それに対し三井さんの事件は、上告は直ちにするんだな、とちょっとびっくりした。

最高裁の結論は1年かかる
最高裁に上告すると上告受理通知書というのが来ます。受理通知書が来てから49日間で上告理由書を向こうが書かないといけない。49日間つまり1ヶ月半くらいに上告理由書を書かなければ、上告は却下されます。49日間で書けば上告は受理されて、今度は、その上告理由書に対する反論を三井弁護団のほうで書いて提出するということです。特に問題にならない事件に関しては、上告審はだいたい3ヶ月で結論が出ます。特に問題にならなければ、この場合7、8月には結論が出ちゃうんです。ところが内容を吟味しないといけないとか、三井さんの事件は、僕の事務所のロッカーのひと枠が完全に埋まっちゃうくらい証拠が多いのですが、その記録を読み込むことが大変ですので、その種の事件ですと、1年程度かかります。その場合、人事異動の時期が4月にありますので、その前、来年の2月、3月が上告の結論が出る時期となるでしょう。

もし、この事件について法律解釈に雇止めについてそれなりの理屈をつけるということになると、弁論を開く可能性が出てきます。弁論を開いて、お互いの当事者の言い分を口頭で聞くという手続きをします。弁論を開いて、東京で最高裁裁判官の前で意見を述べる機会があるのです。最高裁の傍聴席は40席ぐらいしか取れないので、そのときにはまた案内がきます。最高裁を傍聴できる経験はあまり多くないでしょうから、いい機会だと思います。 最近の最高裁は弁論を開いたからといっても逆転するとは限りません。要するに微妙な事件について口頭弁論を聞かないと裁判官も理解できないということがある場合、口頭で弁論を聞くという機会を設けるようになっています。最高裁での弁論は、あまりないとお思いでしょうが、実は昼間の最高裁はほとんど1時間刻みで弁論が入っています。それぐらいに最高裁は今どんどん弁論をやっているのです。弁論を開く理由が雇止めに関してなら、こちらが勝てる可能性が出てきます。

最高裁は事実認定をしない
事実認定については、最高裁は著しい事実認定の違いでなければ、変更できません。最高裁は法律解釈審なのです。だから法律解釈について変えようとすれば当然弁論をやらなきゃならないということです。ただしもちろん弁論を開いたら、向こうの逆転という可能性もあります。実際、ぼくも何回か経験していますが、弁論に行ったから勝てるとは限らない。弁論を開くのは法律解釈論を変更するのだと思って期待して行くのだけれど、弁論を開いたとしても法律解釈論は変わらなかったというようなケースはいくつもあります。弁論を開いたからと言って決して期待はできないけれども、逆に言うと弁論を開かないと法律解釈論が変わることはないということです。

高裁判決は事実認定で人格権侵害を認められています。ですから、これに不服の向こうは、著しい事実誤認ということで上告しているのだろうと思います。著しい事実誤認じゃないと上告理由が立ちません。おそらく、こういうバックラッシュとか脅迫とか、そこまでいっていないということを言ってくるのだと思います。それと、脅しの勢力に屈してなどいないとか、そういうことがたぶん事実誤認になるんだと思います。ですから高裁で勝ったからといって安心は絶対危険です。事実誤認については丁寧に丹念に反論しないといけません。

慰謝料150万円は確かに安い
さらに、この裁判には獲得目標があるわけじゃないですか。この事件は特に雇止めの問題ですし、慰謝料が150 万円と確かに安いですね。でも100万に50 万の弁護士費用は、割合にすると結構高いです。実務的には100万の慰謝料だったら通常の弁護士費用はせいぜい20万円です。それを50万円認めているので、これはちょっとびっくりですよね。だって50%の弁護費用を認めているわけですよ。弁護費用というのはふつう10%から多くても20%ぐらいしか認定しませんから、これやはり弁護団の努力が理解されたんだろうなと思います。ただこの50 万円はコピー代にも満たないですね。余りにも安い弁護費用です。しかし、弁護費用の割合が高い1事例ということで先例となるのではないでしょうか。ですから、いろんな意味で先例性がすごく高い事件です。

先例性の高い事件は当事者の名前で呼ぶことが多いので、三井マリ子事件とか、歴史的にはそうならざるをえないでしょう。歴史に残るような訴訟ですから。でも、本当にご苦労さまでした。大変だったと思います。今後も応援していきますので、勝訴を信じて…どうもありがとうございました。

以上 


注:注:本稿は、全国フェミニスト議員連盟機関誌『AFER』(2010.5.20)に講演要旨をまとめた木村民子が、録音を元にその原稿に補充加筆したものです。それを原告三井が点検し、紀藤弁護士に確認していただきました。

←もどる

トップへ戻る
トップページへ