「画期的な判決:その特徴」宮地光子弁護士 


 三井マリ子さんが、豊中市と豊中市の男女共同参画センター「すてっぷ」を運営する財団に対して、非常勤館長職を雇い止めされたこと、そして常勤館長職への採用を拒否されたことの違法性を主張 して損害賠償請求をしていた裁判につき、大阪高裁の塩月秀平裁判 長は、三井さん敗訴の一審判決を取消し、豊中市と財団に対して、連帯して金150万円と平成16年2月25日以降年5分の割合による遅延損害金の支払いをするように命じました。

 <この高裁判決の画期的な特徴は、以下のとおりです。>

 1、行政が一部勢力の不当な圧力に屈したことを認定したこと

 判決は、バックラッシュという言葉こそ使っていませんが、豊中市において、男女共同参画の推進政策を批判し、「すてっぷ」がジェンダー・フリーの拠点になっているなどとして攻撃する一部勢 力(団体や議員)の攻撃にさらされてきたことを詳細に認定し、この勢力が「「すてっぷ」は三井カラーにそまっている」などと攻撃していたことも認定しています。

 そして判決は、この一部勢力による攻撃によって、平成15年3月の市議会に上程が予定されていた男女共同参画推進条例が上程できなかったことから、同年9月の市議会では、市の面目をかけてその制定をはからねばならないとの思惑により、この一部勢力をなだめる必要にせまられ、男女共同参画推進の象徴的存在であり、その政策の遂行に顕著な成果を上げていた三井さんを財団から排除するのと引換えに、条例の議決を容認するとの合意を、この一部勢力との間でかわすに至っていたものとの疑いを完全に消し去ることができないと認定しています。

 2、「すてっぷ」の組織変更を急いだのは三井さんを排除するためであることを認定したこと

 判決は、「本郷部長(豊中市の人権文化部長)や山本事務局長(財団の事務局長)らは、本件推進条例が議決されるや、中断していた財団の組織変更の検討を急ぎ再開し、「すてっぷ」の非常勤館長を廃し、プロパーによる常勤館長を置く(すなわち、三井さんを現館長につき雇止めとし、新館長にも採用しないで、財団から排除する)という組織変更を行う意思を固め、また、この間、山本事務局長が単なる世間話の中で、三井さんから「常勤による館長への就任は無理である」との片言を引き出したのに乗じ、本郷部長において、三井さんを外した新館長の候補者リストを作成し、組織変更及び候補者リストからの新館長の選任、及びこれに伴う予算措置について市長の内諾を得て、平成16年2月1日に、財団の臨時理事会を開催させて同案を確定させた」と認定しています。

 さらに判決は、「本郷部長、武井課長及び山本事務局長は、3人目又は4人目の候補者であった桂さんに対し、桂さんが、三井さんにおいて新館長に就任する意思があるときは自らはその就任を固辞する意思を有していることを了知しながら、三井さんにはそのような意思はないと桂さんに告げて、同年中に桂さんに就任の内諾をさせた上、理事会の開催までの間に、桂さんを事実上、新館長に就任させようと企図したことを認定しています。

 また判決は、「三井さんを館長として留任させようとする市民の動きがみられ、同時に三井さんが新館長への就任の意思を表明するに至ったため、選考試験を実施することとなったこと、」を認定しています。

 そのうえで判決は「しかし、豊中市においては、三井さんが新館長に選考されれば、一部勢力の勢いを止められないこととなって、さらなる攻撃を受けることが必定となるばかりか、他方の候補者である桂さんについては、寝屋川市男女共同参画推進センターの事務局長を務めていたところを、本郷部長らの強い要請により、同市の了解のもとに、同職を辞任させて新館長に就任することを応諾させた経緯からして、同人を新館長にしないことには、同人や同市に対する背信行為となり、いずれにせよ、本郷部長のみならず、豊中市の市長も政治責任を問われかねないことを懸念し、桂さんの新館長就任実現に向けて動いたものである」と認定しています。

 3、三井さんに対する人格権の侵害と、豊中市の本郷部長と財団の山本事務局長の共同不法行為を認定したこと

 判決は「このような動きの中での三井さんの立場をみると、当時一部勢力による三井さんへの攻撃活動が繰り返されていた中で、三井さんが館長として継続して就任していられるかどうかは、重大な関心事であったのは当然であり、上記攻撃活動が市や財団ら関係者に対してされている中ではなおさら、その関係者から、館長職の在り方や候補者いかんについてその都度説明を受けてしかるべき立場にあったというべきである。」としています。

 そして判決は、「財団の事務局長及び財団を設立し連携関係にある豊中市の人権文化部長が、事務職にある立場あるいは中立的であるべき公務員の立場を超え、三井さんに説明のないままに常勤館長職体制への移行に向けて動き、三井さんの考えとは異なる事実を新館長候補者に伝えて候補者となることを承諾させたのであるが、これらの動きは、三井さんを次期館長職には就かせないとの明確な意図をもってのものであったとしか評価せざるを得ないことにも鑑みると、これらの動きにおける者たちの行為は、現館長の地位にある三井さんの人格を侮辱したものというべきであって、三井さんの人格的利益を侵害するものとして、不法行為を構成するものというへきである。」としています。

 さらに判決は「本件雇用契約は年単位のものであるから、三井さんとしては雇止めのリスクを覚悟すべきであったが、反面においてその実績から次年度も継続して雇用されるとの職務上の期待感も有していたものといえるのであり、雇用契約が年単位であるからといつて、常勤館長職制度への移行期において、その移行内容及び次期館長の候補者リストについて何らの説明、相談を受けなかったことについては、現館長の職にある者としての人格権を侵害するものであったというべきである。」としています。

 <この判決の問題点は以下のとおりです>

 1、雇止め自体の違法性は認めなかったこと

 判決は「実質的に豊中市の行政の一部を担う部署に相当する財団 における「すてっぷ」の館長職の雇用関係は、地方公共団体の職務を行う特別職の非常勤の公務員の地位に準ずるものと扱われるべきであり、三井さんと財団との雇用関係は、民事上の雇用関係の法理が適用されるよりも、豊中市の特別職の職員(地方公務員法3条3項3号参照)の任免についての法理が準用されると解するのが相当である。したがって、「すてっぷ」館長としての三井さんの雇用について、期限を定めたからといって、これを違法ということはできず、また、雇用期間経過後の更新についても解雇の法理は適用されない」として、雇い止めには特段の合理的な理由は必要としないとしています。

 2、採用拒否自体の違法性を認めなかったこと

 判決は、前記のとおり豊中市の本郷部長の一連の動きを違法と認定し、本郷部長が、新しく選任する常勤館長の選考委員会の委員に就任したこと自体、公正さを疑わしめるものがあるとしました。

 しかし採用自体は、選考委員会によって決定されているところ、同委員会は5名の委員で構成されてて、これら5名の委員の判断において結論が出されていることから、「選考委員による選考及びその結果は、桂さんと接触して候補者としての内諾を得るなどした、同人の次期館長就任に向けての本郷部長などの動きを、結果的に浄化したものと評価するのもやむを得ない。」としています(この部分の判旨は、わかりにくいです)。

 3、慰謝料額・弁護士費用が低額であること

 判決の認容した賠償額は、慰謝料が100万円、弁護士費用が50万円です。この慰謝料額は、三井さんがこの間被った精神的苦痛や経済的損失を考えると、到底それに見合うものではありません。弁護士費用も実働8名の弁護団の費用を賄えるものでは到底ありません。

 以上のとおり、この高裁判決は、三井さんの立場を「非常勤の公務員の地位に準ずるもの」としたために、雇い止めの違法性を認定するまでには至りませんが、実質的には、雇い止めに至る経過において、豊中市や財団担当者の行為に違法性があったことを認めて共同不法行為であると認定した点は、画期的であると評価できると思います(但し、慰謝料額が低いという問題点はありますが)。

 また豊中市におけるバックラッシュ勢力の動きを詳細に認定し、それに行政が屈していった経過を詳細に認定している点においても画期的だと思います。

 この事件は、平成16年1月に、住友電工事件の勝利解決報告集会を「すてっぷ」で開催したことがきっかけで、三井さんから私が相談を受けることになりました。

 雇用期間の定めのある契約の雇い止めを争うこと、とりわけ公務職場での雇い止めを争うことは、困難が待ち受けていると考えましたが、女性が人間として尊厳を持って扱われることを、これまでの人生のなかで追及し続けてきた三井さんにとって、自らに降りかかったこの人権侵害と闘わずして去ることは到底できないことだろうと、三井さんの胸中を察し、代理人として三井さんを支えていこうと決意しました。そして私と志を同じくしてくれる弁護士を募り、弁護団を結成することができました。

 そして何よりも幸いしたことは、住友電工事件の西村さん、白藤さんがその解決金を拠出して「働く女性の平等への挑戦・裁判基金」をつくって下さっていたことでした。この基金からの貸付を受けて、弁護団の着手金を捻出できるということが、提訴への決意をさらに推し進めてくれたと思います。

 そしてこの三井さんの事件も、住友電工事件と同じく、一審敗訴という苦しい道のりを経ましたが、これも住友電工事件と同様、高裁での勝利を手にすることができ、これ以上の喜びはありません。

 住友電工事件でも、控訴審は学者の方々の意見書を提出して裁判所に迫りましたが、三井さんの事件の高裁でも、浅倉むつ子先生脇田滋先生に、すばらしい意見を書いていただきました。

 この裁判に関心を寄せて下さる多くの方の支援をえてここまで来れたこと、そして三井さんが、行政を相手に裁判をするという大きな犠牲を伴うことに、あえて挑戦して、今日の判決を勝ち取って下さったことに、心から感謝したいと思います。本当にありがとうございました。(2010/03/30)


2010年3月30日(火)大阪等裁判所判決後の記者会見で
右から宮地光子弁護士、寺沢勝子弁護士、原告三井マリ子
島尾恵理弁護士、大野町子弁護士

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